2025年11月22日土曜日

高尾山古墳を守る会、第68回沼津朝日賞受賞 (令和7年11月19日 KKR沼津はまゆう)

 


 高尾山古墳保存と啓発

 寄与続ける高尾山古墳を守る会

 都市計画道路沼津南一色線建設計画に伴う埋蔵文化財発掘調査で確認された高尾山古墳。1978(昭和53)年発行の『目で見る沼津の歴史』(小野真一著、緑星社出版部刊)で既に、「最近発見された高尾山古墳(方墳)」という説明とともに写真が掲載されている。

 しかし、この時には穂見神社・熊野神社が建つ境内地で、「そうだろう」という見方以上に確かめることはできなかったが、道路計画により神社が隣地に移転し、調査が行われると、3世紀前半の築造による東日本で最大級、最古級の前方後方墳であることが判明。1800年の時を経て再び人々の前に姿を現すことになった。

 ところが、古墳が計画道路の延長上にあることから、道路整備が優先されて古墳の現状保存ができなくなりかけた時、地元の金岡地区住民を中心とした「高尾山古墳を守る市民の会」、考古学専門家らによる「高尾山古墳を考える会」、インターネットで保存を求める署名活動に取り組んだ「高尾山古墳の保存を望む会」が組織され、市当局に古墳の保存要望活動を行った。

 さらに、全国的にも保存を求める声が高まり、歴史専門家の全国紙への寄稿などもあって、道路計画が見直されることになり、古墳の現場への保存と両者の併存が決まったが、そこに市内3団体が果たした役割は大きく、2016年に3団体がまとまり、「高尾山古墳を守る会」として再スタートを切った。

 守る会は、その後も精力的に古代へのアプローチを続け、市民歴史講座の開催や市教委の夏休み文化財イベントに協力して勾玉作りや土器作りの指導を行っている。市民歴史講座は今年度、5回にわたる連続講座として予定され、旧石器、縄文、弥生の各時代をテーマにして3回を終了。これまでの講座と合わせて通算21回を数えている。

 こうした沼津の古代への誘(いざな)いとともに、高尾山古墳周辺の草刈り、沢田小の「宝さがし」授業を支援する地元の史跡案内、会員研修のための各地の史跡見学など、地道に、地元に根付いた活動を続けている。

 また、古墳と道路併存計画の進捗状況について確認するための要望活動も行うなど、高尾山古墳の行く末を熱心に見守っている。

 会の組織は現在、運営委員11人に会員60余人が登録されている。

【沼朝令和71114日(金)「第68回 沼津朝日賞決まる」】

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