2023年6月8日木曜日

朝ドラ「らんまん」の登場人物と沼津 樋口雄彦【沼朝令和5年6月8日(木)号「寄稿文」】

 




朝ドラ「らんまん」の登場人物と沼津 樋口雄彦

 NHKの朝ドラ「らんまん」には、植物学者牧野冨太郎をモデルにした主人公、槙野万太郎をめぐって、やはり実在の人物をモデルとした者たちが登場する。その中には、沼津と浅からぬ関係がある人々がいる。

 高知から上京した主人公の植物学への情熱を拒否することなく受け止めてくれたのが、幕末以来の博物学の先達で、当時は文部省博物局に勤務していた野田基善(田辺誠一さん演じる)と里中芳生(いとうせいこうさん演じる)である。

野田のモデルは小野職愨、里申のモデルは田中芳男であり、二人とも幕府に仕えた頃から博物学の発達に貢献し、特に田中は「日本の博物館の父」と称される。

 沼津兵学校第三期資業生で農商務省山林局の官吏になった片山直人は植物学に関心が深かったが、竹に関する彼の著作『日本竹譜』(明治一九年刊)は、田中の校閲、小野の校正によっている。また、片山は田中・小野と共に内国勧業博覧会の審査官を務めた。

 沼津兵学校の人脈も、旧幕府以来の博物学・植物学のネットワークと重なっていたことが分かる。

 やがて東京大学植物学教室への出入りを許された主人公は、同教室の教授田邊彰久(要濁さん演じる)にその熱心さと能力を見込まれていく。西洋帰りのハイカラ学者として描かれる田邊のモデルは矢田部良吉であるが、実は矢田部は少年時代を沼津で過ごした人である。

 良吉の父、矢田部卿雲は現埼玉県の出身で、蘭学者として韮山代官江川英龍(坦庵)に仕え、その妻は沼津藩士原川直左衛門の娘で、ますといった。幕末、卿雲は早く亡くなったため、良吉少年は母の実家である沼津の原川家に預けられた。

 沼津藩士本田氏の私塾で同窓だった三浦徹(明治以降はキリスト教牧師)は、良吉が師匠の縁者であることから、日ごろ塾内で、わがまま勝手に振る舞い、威張っていることを快く思っていなかった。そして、ある日、とうとう沼津城下の路上でケンカとなり、良吉が泣くまで痛めつけてやったという。 三浦は、子ども時代の良吉が極めて強情だったことから、その気の強さが後に学者として大成した要因だったのではないかと後年、回想している。

 ちなみに、ずいぶん前、ますの肖像写真は矢田部家から沼津市明治史料館に寄贈されている。

 ドラマ中、田邊教授の下で助教授を務め、主人公に冷たく接するのが徳永政市(田中哲司さん演じる)である。徳永のモデルとなった松村任三は、現茨城県出身で、後に東京帝国大学教授・理学博士となったが、その孫は沼津市内のある旧家から妻を迎えている。

 やはりドラマの中で、植物学教室の助手として登場するのが大窪昭三郎(今野浩喜さん演じる)であるが、そのモデルは大久保三郎といい、勝海舟の同志として有名な開明派の幕臣、大久保一翁を父に持つ人である。

 三郎には、二等家従として知藩事徳川家達の側近くに仕えるとともに、川村清雄(江原素六夫人の従弟、後に洋画家)らとともに、明治四年(一八七一)、静岡藩からアメリカ留学に派遣されたという前歴があった。

 日本が植物学という、西洋近代の学知を摂取した時、沼津ゆかりの人材が大きく関わっていたのである。単にドラマを楽しむには不必要な情報かもしれないが、あえて紹介してみた。

 (国立歴史民俗博物館教授・元沼津市明治史料館学芸員、干葉県成田市)





【沼朝令和568日(木)号「寄稿文」】


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