2025年2月7日金曜日

「トランプ流」に破局の懸念 マルクス・ガブリエル 【静新令和7年2月7日(金)オピニオン】

 

 

世界探視鏡

ドイツ哲学者・ボン大教授

 マルクス・ガブリエル



 MARKUSGABRIEL 1980年、ドイツ・レマーゲン生まれ。バーゲン大、ボン大で哲学、古代文献学、ドイツ文学を学び、ハイデルベルク大で博士号。2009年、29歳でボン大教授に就任。専門は認識論、近現代哲学。ボン大国際哲学センター所長も務める。著書の邦訳に「倫理資本主義の時代」「考えるという感覚/思考の意味」など。

 

 「トランプ流」に破局の懸念

 「法の支配」が繁栄支える 人はそれぞれ違う。私たちは皆、一個人である。人々を互いに異ならせるもの、それは価値の重要な源泉である。すなわち私たちは異なる能力を持つからこそ違うのだ。

 このようにして、人間の多様性は現代における分業の成功と密接に関係している。私たちが属している複雑な現代社会は、多様性の価値を認めることで成り立つ。多様性があることで、私たちは個人の特性や能力に基づいて資源や仕事を割り振ることができる。分業のおかげで、私たちの民主国家は圧倒的に自由でいられる。

 つまり自由主義とは人間の多様性を認めるということなのだ。しかしながら高度な社会分化は同時に、全ての者が共有し認める普遍的な法や規則を必要としている。

 私物化される権力

 「法の支配」が登場するのはここである。法の支配は、社会の諸権力間に抑制と均衡を効かせ、不平等を緩和する。 近代における最も優れたアイデアの一つは立法、行政、司法の三権分立の導入である。これが、他者の自由をむしばむ恣意(しい)的個人による絶対権力の出現を阻んできた。

 現代における法の支配は、個人の恣意を共通の契約構造に変換する。私個人の自由は、他の全ての人々も自由でいられるべきだという事実で制約きれる。それ故に、ドイツの哲学者へーゲルは法の支配を「自由意思を望む自由意思」と定義しているのだ。

 現下の民主国家で専制的傾向を強めるドナルド・トランプ氏の米大統領再任について、私たちが懸念すべきなのはまさしくこれが理由である。

 韓国の恣意的な非常戒厳令や、権力の完全な分立復活を避けるために軍事体制に頼るイスラエルのネタニヤフ政権の言動も考えれば、私たちは世界の至る所で政治権力の私物化を目撃している。

 社会経済的な進歩条件を生む法制度上の手段を取らずに、こうした指導者らは統治機構のトップに居座りつつ、時折個人に立ち戻る。政治指導者としての役割を、自分のカリスマと混同する。

 これ故にトランプ氏は、思いつきで悪名高い人々を側近に配する必要があるのだ。(実体験を基にした著書「ヒルビリー・エレジー」で語られた)バンス副大統領の個人史は一例であり、著名実業家のイーロン・マスク氏を天才的顧問として選んだのも同様だ。

 世界をカジノに 専制資本主義の諸要素を民主国家の資本主義に導入することの問題は、前者が法の支配を脅かす点にある。だが法の支配とは安定した経済成長を保障するものだ。

 混乱から利益を上げたり、既成制度を攻撃することで経済活力を生んだりすることは可能かもしれないが、こうした策略は繁栄の長期的条件を弱体化させる。法の支配だけが、資本主義を崩壊や新封建主義、金権支配に陥らせることなく、私有財産の維持と国民の信託を保障できるのだ。

 率直に言わせてほしい。トランプ2Oに対する私の懸念は、資本主義が機能するのに必要な社会的自由を、彼がむしばんでいる点にある。それは自由な民主主義の地位を著しく弱める。

 さらにぞっとする予測をさせてほしい。トランプ20は、自らしでかす(米アトランティックシティーのカジノ事業のような)大失敗を埋め合わせるため、世界をカジノに変えてしまうかもしれない。世界経済は、胴元が常に勝つカジノに成り果てる可能性もある。

 しかし、これも米国の同盟国がお付き合いしている限りでしかない。米国の覇権は米国と友好国間の非対称の、しかし最終的には道徳的、経済的進歩に導かれる関係を基礎としている。だが米国が同盟国をカジノの客として扱い、自分のルールを押しつけたら、結局は米国自ら優越的地位を弱めることになるのだ。

 米国内の法制度や、普遍原則に依拠する公正な国際協力を攻撃することは、経済を破局へ導くレシピである。これは、昨年のノーベル経済学賞を受賞した米マサチューセッツ工科大(MIT)のダロン・アセモグル教授らの研究からも導かれる教訓だ。教授らは、制度的安定が長期にわたる経済的繁栄の必須条件であることを示した。

 つまり自由で民主的な法の支配は、トランプ氏の過去における経済的成功(そして失敗)の背景でもあるのだ。トランプ20が米国で法の支配をむしばみ続ける限り、彼の任期は長い経済的大惨事に見舞われよう。

【静新令和7年27()オピニオン】


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