「マニフェスト選挙の副産物」橋爪大三郎
大同小異の政策明らかに
30日の投票日に向け、各党のマニフェスト(政権公約)が出そろった。政権についたらこういう政治をします、という与野党の約束だ。有権者はこれを手がかりに投票する。
パンとサーカス
各党のマニフェストを読んで「パンとサーカス」の故事を思い出した。古代ローマの皇帝たちは人気取りのため民衆にパンと見せ物を与え、結局国を滅ぼした。今回のマニフェストもおいしい手当ては盛りだくさんだが、そのコストを誰がどう負担するのか不明確だ。
とは言え、総選挙で、マニフェストが争点になるのはよいことだ。
マニフェスト元年と言われたのは2003年の総選挙。回を重ねればこのやり方が定着すると期待された。ところが2005年の郵政解散は小泉旋風でマニフェストが吹き飛んでしまった。今回はやっと、各党の政策をじっくりと検討できそうだ。紙面の制約で、民主、自民の2党に絞ろう。
まず、民主党。
日本語が読みやすく、わかりやすい。かた苦しさの残る自民党の文章よりだいぶましだ。
4年間の「工程表」がついているのもよい。どの政策にいくらかかり、2013年度の所要額は16・8兆円などと、数字が示してある。マニフェストはこうでなくてはいけない。
いっぽう弱点は、財源が不明確なこと。本当に実行できるのか心配だ。「ばらまき」「無責任」と、自民党が批判している。ガソリン税の暫定税率廃止や高速道路の無料化も、場当たりの感じがする。
あと出しジャンケン
つぎに、自民党。
大枠では意外なほど、民主党のマニフェストと似ている。民主党より遅れて発表し、「あと出しジャンケン」とみられてしまった。民主党より早く出ていれば、ずっと説得力があったろう。
安心して読めるのは外交安保。日米同盟が基軸だと明確にのべ、民主党よりもぶれがない。
かなり力が入っていたのは付録の「政策比較」(民主党マニフェストの批判)だ。違いがわかって参考になる。
弱点は、数字や具体性に乏しいこと。ボロは出ないが迫力がない。
個別の論点をもう少しみてみよう。
農業では、民主党は生産調整をゆるめ、戸別所得補償制度と2本建てにする点が目新しい。財政では、自民党は将来の消費税増税を明記するのに対し、民主党は財政再建の道筋が不透明。地方分権では、自民党は道州制を導入。民主党は市町村レベルに財源と権限を大幅移譲するとする。子育て支援は、民主党は中学卒業まで月2万6千円の子ども手当を公約。自民党は幼稚園・保育園の無償化などを提案する。
といろいろ違っても、両党の政策は大同小異。有権者も判断に困る。
足りない財源
マニフェストに差がないと、イメージが独り歩きする。民主党はこれまでのしがらみがない分、税金のムダをカットできそう。でもばらまきで財政赤字が増えるかも。自民党は実績があるから、いざというとき頼れるのでは。でも、イメージには根拠がない。
マニフェストの違いを際立たせるには、自民党がリアリズムに徹すればよかったと思う。税収が歳出の半分しかない現状は異常だ。ムダを切り詰め埋蔵金を掘り出す程度では、とても財源が足りないと民主党を批判。1カ月あれば、論戦で勝てるかもしれない。仮に選挙で負けても、自民党の主張は筋が通っていたなあと、よい印象が次につながる。
よく考えると、両党のマニフェストが似ているのは、よい点もある。たとえば年金の番号制度。その昔一国民総背番号」は、節税ねらいの富裕層や反権力の市民団体が、実現を阻んだ。今回、自民党も民主党も税と年金に共通する番号制度を導入すると公約。すぐにも実現しそうだ。そのほかどちらが政権を取ろうとも、マニフェストで共通する政策は、与野党がよく協議してどしどし実現してもらいたい。
主要各党にあまり政策の違いがないことが明らかになったのも、マニフェスト選挙の副産物、よいことなのである。(東京工業大教授)
(静新平成21年8月22日夕刊「論考09」)
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