2021年12月21日火曜日

橋を渡れば 仙石規(沼津朝日令和3年12月21日言いたいほうだい)

 

 橋を渡れば 仙石規



 十二月八日、診療を終えた自分は、電車で沼津駅に向かい、あゆみ橋を渡って帰宅しました。ある目的を果たすための交通手段でした。

 あゆみ橋を南に渡ると、行く手にクリスマス・イルミネーションが煌めいて迎えてくれました。沼津イルミネーション実行委員会の方々が企画されたもので、寒さが身に染みる師走の夕、心がほっと癒されました。

 橋を渡ると、市場八幡神社が待っていますが、西側のループ階段を下りてみましょう。この辺り一帯が、「香貫公園」と呼ばれる一角です。あゆみ橋ができる前、この階段下には、市立図書館の前身「駿河図書館」や池などもあったのです。

 下りた南に、大きな石碑がひっそりと残っています。これは明治三十八年に建立された「港橋創架碑」という歴史遺産です。明治九年、狩野川初の橋として架けられた、御成橋前身の「港橋」を、旧沼津町民と楊原村民らが私財をかけて造った由来が漢文で書かれています。

 この碑は、もともと御成橋左岸南側の土手にありました。私が所有する大正時代の絵葉書の一枚には、若山牧水が沼津に移住した時に宿泊した「大橋屋旅館」の前に、この碑が映されています。昭和初期の狩野川改修工事の際、香貫公園に移されたのです。

 私の足は、公園から御成橋へと向かいました。上流側の通横町方面から四番目の橋柱には、昭和二十年四月十一日の米軍機による沼津市街地への空襲で飛来した建物の破片で出来た傷跡が残っていて、七年前に市教育委員会が、いわれのプレートを設置してくださいました。

 この日に九十五歳の患者さんが、診療後に言われたのです。

 「自分は、太平洋戦争に少年兵として出征し、中国で敗戦を迎えました。戦争は決して許される行為ではありません。先生、また沼津の昔を書いてください。戦争を覚えている市民がいなくなる前に」

 自分は頷き、この約束を果たすために橋の傷を触りに来たのです。偶然にも、「真珠湾攻撃」で、日本が無謀な戦争に踏み込んでいった日でした。

 この患者さんと同年代であった亡き父は、橋の傷痕のことを幼い私に語ってくれたものでした。散歩で手をつないで橋を渡ると、行く手には賑わっていた沼津南商店街の灯りが待ち受けていました。

 戦争の痕跡として市内に唯一残るこの傷痕は、沼津の戦争遺産です。

 湯豆腐や いのちのはての うすあかり 万太郎

 (医師・郷土史家、市場町)

【沼朝令和3年12月21日(火)「言いたいほうだい」】

「淡島」詐欺破産を否認 地裁沼津支部初公判 会社役員「事実無根」

 

「淡島」詐欺破産を否認

 地裁沼津支部初公判 会社役員「事実無根」

 沼津市の淡島ホテルの旧運営会社「淡島ホテル(現AWH)」の破産手続きを巡り、AWHの財産をグループ会社に譲渡したように装ったなどとして、破産法違反(詐欺破産)の罪に問われたAWH親会社の役員竹原虎太郎被告(52)=東京都港区=の初公判が20日、静岡地裁沼津支部(菱田泰信裁判官)で開かれた。竹原被告は「公訴事実をすべて否認します」と起訴内容を否認し、弁護側は無罪を主張した。

 竹原被告は罪状認否で、「契約書を作成したことは事実」とした上で「譲渡仮装は事実無根」と主張。新会社が同ホテルを運営することに対し、「そのようなことでは淡島ホテルの経営はいずれ行き詰まる。私どもグループの手で再建を担いたい」と述べた。

 冒頭陳述で検察側は、借地権の解約について、「ホテル建物の敷地利用権を喪失させることで換価を困難にし破産手続きを妨害しようと考えた」と説明した。各犯行は、共犯者で同じ親会社の役員生山敬大被告(48)=同罪で公判中=に指示したと指摘した。ホテルの事業譲渡を巡っては「竹原被告が仮装を提案し、生山被告と契約書を作成し改訂を重ねた」などと述べた。

 起訴状などによると、竹原被告は生山被告と共謀し2019年10月、AWHが地権者から借り受けていた借地権を解約し、財産を債権者の不利益になるよう処分したとされる。同月~11月には、ホテル建物や財産を親会社などに譲渡したとする内容の契約書を作成し、同地裁支部に提出してAWHの財産譲渡を装ったとされる。

 AWHは、同12月に同地裁支部が破産手続き開始を決定した。

【静新令和3年12月21日(火)朝刊】

三島の就労支援事業所 オリーブオイル 初の自社商品化

 

 三島の就労支援事業所

オリーブオイル 初の自社商品化

長泉の耕作放棄地 施設利用者ら栽培



 就労継続支援A型事業所「ユースエイド」(高橋達也代表、三島市)はこのほど、施設利用者らが栽培したオリーブを原料にしたエキストラバージンオリーブオイルを、初めて自社ブランドとして商品化し販売を始めた。2016年に長泉町の耕作放棄地に129本の苗木を植.えてから5年。今後も商品化を進める方向で、高橋代表は「地元に愛されるものを作りたい」と意気込む。

 自社ブランド商品は100%地元産。収穫から1カ月かけて搾油し、商品化した。施設利用者とボランティアが年間通して協力し、畑の管理から収穫、選果などを担った。県産農産品の6次産業化を進めるクレアファーム(静岡市葵区)から技術指導など支援を受けた。

 11月に収穫したオリーブ400㌔。から40㌔のオイルを生産した。商品名はイタリア語で「オリーブの泉」の意味の「FontanadioIiva」(フォンタナデオリヴァ)。1本100㍉㍑入りで3300円(税込)。330本限定で注文販売のみ。既に100本を販売した。

 残りは2022年1月末に入荷予定。購入申し込みや問い合わせはユースエイド〈電055(946)6751>へ。(東部総局・高槁和乙)

【静新令和3年12月21日(火)ワイドしずおか】

2021年12月20日月曜日

190908ヨーソロ スカンジナビア!展

伊豆石の価値 パネルで発信 文化探究会が研究成果

 


伊豆石の価値 パネルで発信

 文化探究会が研究成果

 沼津・戸田で展示 概要、仕組み記す



 伊豆石文化探究会(剣持佳季会長)は25日まで、研究成果を発表するパネル展「伊豆石ギャラリー巡回展~伊豆半島から日本を支えた伊豆石文化」(静岡新聞社・静岡放送後援)を沼津市戸田の道の駅「くるら戸田」で行っている。剣持会長は「伊豆石の価値を多くの人に伝えたい。町歩きしながら見つけてもらえたら」と話す。

 同会によると、伊豆石は伊豆半島やその周辺で採れた石材の総称で、江戸ー昭和初期に建造された建物の多くに使用されたという。江戸時代には徳川家の墓石や品川台場などに用いられ、明治時代には西洋風石造りの建築の普及を支えたという。剣持会長は「激動の時代の日本を支えたといえる。建物から当時の人たちの努力が分かるストーリーを感じる」と語る。

 展示では研究成果をまとめたパネル約30点を並べた。伊豆石を使用した江戸城の石垣や韮山反射炉、京都国立博物館などを写真で紹介している。伊豆石の概要や形成の仕組みも記した。

 同会は伊豆石の価値を伝えるため、2019年に設立した。県内を中心に約30人が参加し、現地での聞き取りや文献調査などを行っている。剣持会長は「研究が進んでおらず分からない部分が多いところにひかれる。 

成果を学会などで発表したい」と意気込んだ。今後、県内での巡回展を計画しているという。(東部総局 山本萌絵)

【静新令和3年12月20日(月)ワイドしずおか】

沼津の味が復活 ほさかの栗せんきょうから店内で製造・販売へ

 

 沼津の味が復活、

 ほさかの栗せんきょうから店内で製造・販売へ

 沼津土産の定番「ほさかの栗せん」で知られる創業93年の大手町のほさかは今年5月22日から一時閉店していたが、きょう17日午前11時にリニューアルオープン。味と品質にこだわり、進化させた「栗せん」の販売を再開し、創業100年に向けて新たな一歩を踏み出す。

 ほさかは1928(昭和3)年のオープン以来、菓子の老舗として栗せん、茶せんを中心に市民に愛されてきたが、老朽化で故障もあった工場の機械の更新を検討する中で、大手町の店舗を工場併設でリニューアルすることにした。

 栗せんは、時代の変化や消費者ニーズに合わせ、長い歴史の中で味や食感も変化してきたが、創業当時の栗せんに立ち返るとともに、味と品質の向上を目指して研究を重ね、納得のいく「栗せん」を完成させた。

 材料にこだわり、北海道産の小粒の白インゲン「手亡豆(てぼうまめ)」を使った白あんに国産の新鮮卵、富士山の伏流水等で練り上げた「あん」を専用の機械で焼き上げ、色白の栗せんに仕上げた。

 保坂裕子店長は「これまでの栗せんと比較してソフトな食感で、甘さは控えめ。卵の配合を増やしたことでコクのある味わいとなり、後味がスッキリしている。生まれ変わった『令和の栗せん』を多くの人に味わってほしい」とアピールする。

 今月9日には、店舗前で約1200枚の栗せんを3枚ずつ来街者に配り、「食感が前より柔らかくなった」との指摘もあったが、味については概ね「前よりもおいしい」と高く評価する感想が同店に寄せられた。

 店舗に併設する工場はガラス張り=写真=で、栗せんが焼き上がる様子を自由に見学できる。生産量は1日に700枚から1000枚。個包装して、箱または袋入りで販売し、「月に数回のお楽しみとして、割れせんの袋詰めも出したい」と言う。

 保坂店長は「閉店中も栗せんの復活を待ち望む声が多く寄せられた。創業93年。ここまで続けられたのも支えて下さる皆さんのおかげ。恩返しの意味も込めて、創業100年に向けてまい進していきたい」と話している。

 店舗は午前11時にオープンし、当面は売り切れ次第終了。店舗内に飲食スペースはないが、「井戸のある中庭を整備して休憩所や文化的スペースとしての活用を目指しているので、気軽に利用してほしい」と言う。

 問い合わせは、ほさか(電話951~1515)。

【沼朝令和3年12月17日(金)号】


 

 





ほさかの栗せん復活に行列

 リニューアルオープンし営業を再開

 大手町の菓子の老舗ほさかは17日、店舗をリニューアルオープンし、新しく生まれ変わった「栗せん」の販売を再開。開店時刻前から約50人が訪れて行列が出来、入店制限をしながら販売した。

 来店者達は、ガラス張りの工場で栗せんが焼かれる様子を見学しながら待ち、カウンターには栗の木材を使い、白色の塗り壁、一枚ガラスの仕切りやショーウインドウ、店内の間接照明など洋風の店舗デザインに「銀座のショップみたいでおしゃれ」だと感想。かつての製品と異なり色白の新しい栗せんに「今までと違うね」としながらも、「これからも変わらず、沼津みやげとして使いたい」と話していた。 当面は午前11時にオープンし、売り切れるまでの販売。

 問い合わせは、ほさか(電話951~1515)。

【沼朝令和3年12月18日(土)号】