『ふるさと沼津覚書』 加藤雅功
■香貫・我入道編その5我入道2
●狩野川河口部の伝承 きっと同じ臨済宗妙心寺派の永明寺(ようめいじ)と島上寺(とうしょうじ)(永明寺の末寺)との関係からの類推であろう。対岸の沼津の蛇松側とはかつて我入道が繋がっていて、狩野川は東側から牛臥海岸に流れていたと言う。古く慶長16年(1611)の大洪水により永明寺の堂宇(どうう)が流失し、寺運衰頽(すいたい)し元和(げんな)年間に再興したことを知る。
その後の芳浩2年(1659)、己亥(つちのとい)の年の洪水を人呼んで「亥(い)の満水(まんすい)」と言う。狩野川台風並みの被害を上・下流で出し、未曽有(みぞう)の激しい洪水は下流の沼津でも、被害が顕著であった。この「亥の満水」で蛇松(下河原)にあった永明寺が流失し、その時に狩野川の流れが変わり、今のように西側に流下するようになったと言う。
以上はあくまでも永明寺側からの見方である。そうとすれば支流の江川(えがわ)の河口部から尼寺のある南条寺付近を経て、三貫地(さんがんち)・山宮前(やまみやまえ)に抜けるルートが想定されるが、果たして本当だろうか。
塩場(しょば)水門のある高潮土手(汐除堤)(しおよけづつみ)を抜けるルートで北側に江川が流れ、吸干部(すいほしぶ)(砂礫の窪地か)へ排水河川の塚田川(つかだがわ)が流れる幕末期の地図が存在する。ただし絵図では当該(とうがい)地域が変形されているが、今のルートで塚田川は、河口部が閉塞(へいそく)されており、古くからある池沼(ちしょう)(フケ)が広めに描かれている。
『楊原村沿革史』での地勢に関する記述では、「伝云(つたえいう)、往昔(おうせき)は黒瀬付近より派流(はりゅう)をなし、本村の中央を通貫して、牛臥水門の辺に至り海に注ぎたりき、当時は海水此辺(このへん)に彎入して、港湾の形状をなしたり」とある。伝聞と言うが、地名の「二瀬川(ふたせがわ)」からの類推であり、狩野川が古くは黒瀬付近で2派に分流して、香貫の中央を経て牛臥の浜水門付近で海に注いでいたと言う。また河口付近は湾入していて、港湾の形状をしていたとも言う。これは定説のように語られる見方であり、浜水門付近の湾入部を港湾(古い湊)に利用できたとする。
●微地形と新田開発 河口部が分岐(ぶんき)して分流する例は放水路は別として大変に少なく、山口県萩市の阿武川(あぶがわ)・橋本川などが典型である。当所が仮にそうであったとしても、耕地開発の関係からすると流下した時期は近世ではなく、中世であろう。
河口近くに湖沼や支流がある場合、洪水時に低い窪地(くぼち)に向け逆流現象によって「逆デルタ」(逆三角州)が形成される。特に塩場の集落がある善太夫(ぜんだゆう)新田の場合で見ると、微高地の形成と集落立地が理解しやすい。また我入道側の一本松や外新田の畑地の形成を考えた場合、逆流現象による荒蕪地(こうぶち)でもあった可能性が高い。
微地形(びちけい)や土地割(とちわり)、用水・排水、新田開発や地名の由来、民間伝承等から勘案(かんあん)した結果からすれば、狩野川が牛臥山の東側を流下したとする見方は後退する。十分な河口部としての特徴であるはずの海側への開口部は存在しない。特に浜水門の位置する、不毛(ふもう)の意味である「フケ」の旧沼沢地(しょうたくち)部分からも、塚田川が排水不良の感潮(かんちょう)河川であり、かつ逆流現象は常態的であった。島郷(とうごう)の「汐入(しおいり)」や「塚田」の地名が示すように、海水が満潮時には侵入する土地故の「汐入」であり、「塚田」の地名
も排水不良地のツカッタ(浸かる田・地)に由来する。
もし河口が浜水門側にあれば、新田開発の対象地となる山宮前・浜田・柿原の「浜新田」や善太夫新田の前原・藤井原・樋(ひ)ノ口(ぐち)・子(ね)ノ起(おき)・二貫地(にかんち)の田地(でんち)は、開発の対象地にさえならない。劣悪な土地条件故に、海浜の高潮被害などを契機として、荒れ地・芝地を再開発して開拓した地である。
寛永10年(l633)の古文書に「香貫前の平浜、我入道村付之(むらつきの)山宮前芝原(しばはら)、塩浜(しおはま)に相渡(あいわたし)し候(そうろう)」とある。この年の地震によって善太夫新田では「塩浜」が破損している。すでに下香貫前の平浜や我入道字山宮前の荒れ地を、揚浜(あげはま)ではない自然浜(入浜系塩浜)の塩浜にすることが許可されている。平浜の「浜新田」の柿原・浜田の地にも「干潟浜(ひがたはま)」方式で塩田(えんでん)の成立が可能な環境にあった点から、やはり分流説も河口説も首肯(しゅこう)できない。
地名説話や民間伝承の場合、史実とは異なるものが多い。確かに「ロマンはロマソとして残す」のも良いが、あまりに稚拙(ちせつ)で非科学的なものも散見するので、合理約でないものは排除したい。
( 沼津市歴史民俗資料館だより
2022.6、25発行 Vol.41No1(通巻234号)
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