「鳩山政権に失速感」高村薫
【 たかむら・かおる氏1953年大阪府生まれ。国際基督教大卒。商社勤務の傍ら小説を書き始め、「マークスの山」で直木賞受賞。作品はほかに「照柿」「レディ・ジョーカー」「晴子情歌」「新リア王」などがある。最新作は「太陽を曳く馬」。】
変革の意思見失うな
この秋、政府が再びデフレ宣言し、日本経済はなおも深刻な景気後退が続く。鳴り物入りでスタートした鳩山政権は、なんとか明るさを見たいと願う生活者の切ない気分を背景に、60%台の高い支持率を維持しているが、期待と現実のずれは日に日に大きくなってもいる。歴史的な政権交代だっただけに、今日の失速感は小さくはない。
2カ月前、有権者は鳩山政権に大きな期待をかけた。高速道路無料化といった公約の目玉については不支持が支持を上回り、4年間は消費税増税を凍結するという公約についても現実味を欠いているとする有権者が多かったが、それでも期待したのである。
このことは、有権者が、低成長時代に入ったこの国の将来を心底不安視しており、目先の支援や減税よりも、むしろ根本的な構造変革を求めていたことを示している。
▼個々の能力不足
さて、それでは発足以来の鳩山政権は、この有権者の思いにどう応えてきただろうか。最初に小沢一郎氏を幹事長に据えた鳩山由紀夫首相の判断に、直感的な違和感を覚えた有権者は少なくなかったと思う。
今日、小沢氏は新人議員を一手に掌握して政策面での活動を封じ、旧来の地元密着型の国会議員の養成に余念がないほか、国会運営に逐一影響力を行使して、内閣がその声を聞くということが目立っている。有権者の当初の危惧(きぐ)は、当たったかたちである。
また内閣の顔ぶれは、おおむね実務型ではあるが、無駄の排除と政治主導を掲げて霞が関に乗り込んだにもかかわらず、来年度予算案の編成では、所管する省庁の予算を守る姿勢を見せている。
元野党議員がいきなり大臣となることに限界があるのは当然だし、有権者も見守る必要はあるが、どうなっているのだという感は否めない。
こうした大臣たちの変節や右往左往を招いているのは、一つには官僚組織を束ねて変革してゆく個々の能力不足だが、国家戦略室や行政刷新会議、そして首相と党がばらばらであることも大きいだろう。首相の意思が見えず、政治主導を推進するための仕組み自体が機能しないところに、この政権の実態があると言えるかもしれない。
そこにはまた、政権が選択した連立の枠組みも影を落としている。数を優先して、大きく方向性の違う政党と連立を組むことにも有権者の多くが抵抗を感じたのだが、案の定、郵政民営化の見直しや中小企業への金融支援、補正予算の規模、そして日米関係にかかわる沖縄の基地問題などで、国民新党と社民党の存在が今日の政権のばらばら感に拍車をかけている。とくに日本郵政の社長に元大蔵官僚が抜てきされた件では、有権者はあぜんとしたものである。
▼有権者の期待
目下、来年度予算案の編成が迫っており、財源捻出(ねんしゅつ)のための事業仕分けで政権は手いっぱいのようではある。税収が30兆円台に落ち込むなか、当初の見込みも狂い、首相も国家戦略室も政策の優先順位を示せないまま、日々閣僚の発言がぶれ、ばらばら感はさらに強まっていると言える。
また地方も産業界も株式市場も、内需拡大のための具体的な産業振興策の見取り図がないことに不満をつのらせ、現実に諸外国に比べて不況感は深まる一方でもある。
こうした状況下、有権者が政治に望んだ根本的な変革の意思を、鳩山政権は見失いつつあるように見えることが、今日一番の問題であろう。たとえば先日、官房長官が官房機密費の情報公開を拒否したが、これは明らかに有権者の期待に反している。また、何事も十分な審議と説明を尽くすのが新政権の約束だったはずだが、中小企業向けの金融円滑化法案をわずか1日の実質審議で強行採決に付したのは、いったいどういう変節か。
この政権が掲げた温室効果ガスの高い削減目標も、「コンクリートから人へ」の大方針も、そのための予算の見直しも、新しい時代を約束した政権の基本理念として意味があるのであり、これを下ろして政権の存在理由はない。必要なのは、原則を掲げて説明し続ける姿勢である。民意が鳩山政権をあたたかく見守る時期は、過ぎつつある。(作家)
(静岡新聞)
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