2024年3月31日日曜日

二階俊博元幹事長から「バカヤロウ」と言われた地元記者

 


二階俊博元幹事長から「バカヤロウ」と言われた地元記者 自民党重鎮議員の“不出馬”会見で「裏金問題の政治的責任か、それとも年齢の問題か」を質問したワケ【MBSニュース】

「このタイミングで、次の衆院選の不出馬を決められたのは、やはり政治資金パーティーの問題、不記載であったことの責任を取られたと考えていいのですか?それとも二階先生のご年齢の問題なのでしょうか?」(MBS

「このタイミングで、次の衆院選の不出馬を決められたのは、やはり政治資金パーティーの問題、不記載であったことの責任を取られたと考えていいのですか?それとも二階先生のご年齢の問題なのでしょうか?」(MBS記者 大八木友之)


 

「不記載。不記載と政治不信を招いたということを申し上げた通りでございます」(林幹雄 元幹事長代理)

「(政治家に)年齢の制限があるか?」(二階俊博元幹事長)

 

「年齢制限は無いですが、お年を考えてということですか?」(大八木記者)

「そんなことないです」(林元幹事長代理)

「お前もその年が来るんだよ」「バカヤロウ」(二階元幹事長)

 

 325日、自民党の二階俊博元幹事長が開いた記者会見で、私が質問した際のやりとりだ。いわずもがな二階氏は自民党幹事長を歴代最長5年にわたりつとめるなど長らく権勢をふるい、派閥の長として君臨したドンである。関西が放送エリアのMBS(毎日放送)にとっては、地元の超大物議員でもある。85歳の重鎮がついに政界から去る決断をしたというのなら、この会見は、ぜひ参加しなければならないと思った。

 前日に「日本維新の会」の党大会取材のため、関西に戻っていた私が、”二階氏、次期衆院選に不出馬”の一報を知ったのは、東京へ向かう朝の新幹線の中だ。一報に衝撃を受けながら、車中でメモとペンを取り出し、急ぎ記者会見でのポイントや質問案を書き出した。

派閥の政治資金パーティーをめぐる問題で、二階氏の関連政治団体は派閥から寄付を受けながら政治資金収支報告書に記載していなかった。その金額は5年で3526万円に上っている。

 

 秘書は政治資金規正法違反で有罪が確定し、派閥の元会計責任者も在宅起訴されている。「裏金」問題を含め、政治家としての重大な決断に踏み切った理由をどのような言葉で語るのか、はやる気持ちをおさえつつ自民党本部に到着、午前10時半から始まる記者会見場へと滑り込んだ。すでに多くの記者で席は埋まっていて、通路にも人垣ができていた。私に残された場所はもはやテレビカメラの後ろしかなかった。

紙面を読み上げる二階元幹事長 しかし声が小さい…

 ほどなくして、姿を見せた二階元幹事長。林幹雄元幹事長代理を伴って記者会見は始まった。手元に用意した紙を読み上げる二階氏。しかし、声が小さく、会見場のほぼ最後方にいた私にはほとんど聞こえない。

 

 「このたび派閥の政治資金問題で政治不信をまねく、改めておわび…」

 「この際、政治的責任をあきらかにするとして…」

 「次期衆院選に出馬しない」

 「後継候補は…」

 

時々漏れ聞こえてはくるのだが、肝心な部分がちょっとよくわからない。。。

 

 質疑応答が始まると、私は2~3メートル前にスペースを見つけて移動した。

二階氏になりかわって代弁する林氏の声はよく聞こえてきた。二階氏の声も断片的ながら、さきほどよりは聞き取れるレベルになった。

 

 政治倫理審査会には出席する意思や、必要性が無いと考えていること。自民党で検討されている処分と不出馬との関係は否定したこと。後継候補は、自民党和歌山県連に一任すると述べたことは把握できた。

次の衆院選、和歌山県は小選挙区数が1つ減少し、二階氏の和歌山3区は新2区となる。そしてその選挙区には安倍派幹部で、和歌山を選挙区とする世耕弘成参院議員がくら替え出馬を模索していると、かねてから囁かれてきた。二階氏は自らの息子に後を継がせたいため、世耕氏のくら替え出馬を阻止したいのでは、とも言われてきた。

 

 そんな中、「裏金」問題で力を削がれた世耕氏がくら替えをしにくくなったこの局面で、二階氏は自らの勇退を宣言し、後継に道筋をつけたのではないのか。いまは自民党からの処分前、先んじて手を打ち、後継のこと、選挙区事情の問題も、そして年齢も、様々なことを考慮した上での『ベストなタイミング』での「不出馬」発表だったのではないのか。

 

 ここまで会見を聞いても、疑問は解消されずモヤモヤが消えない。自然と手が挙がっていた。

と、そこで進行役が質問を打ち切ろうとした。それを制したのは二階氏だった。「あそこで、まだ手が挙がっている。」私のほうを見て、会見を続行させたのだ。かくして質問の機会が巡ってきた。

 

 ただ、上記のすべての要素を含んだ長い質問はできそうにない。政倫審、後継、処分、これらの質問はすでに出ている。そこで聞いたのが、冒頭の「年齢」に関係する質問である。もちろん年齢で政治家の優劣が決まるものでもないと理解している。ただ、二階氏は85歳で現役最高齢の衆院議員だ。勇退を決断するとするなら、当然、年齢も一つの要素ではないか、という主旨から発した質問だった。

そんな私の考えとは裏腹に、二階氏は「年齢」にこだわりはあったようだ。「年齢の制限はあるのか」、「お前もその年が来るんだよ」と、私を見て、怒気を含んだ調子で返してきた。あの日の記者会見で最も大きな声だった。すこし想定外の回答ではあったが、大物政治家が垣間見せた感情であり、本音が出た瞬間だったように思う。

 

 実を言うと、私自身は会見場で二階氏の「バカヤロウ」発言は聞こえてはいなかった。顔の向きを変えて、捨て台詞のように何かを発したようには思えたが‥。マイクが拾った音声を、映像として見ていた人から「バカヤロウ」と言っていたと会見終わりで聞かされた。

若造が失礼なことを…という気持ちから出た二階節か。「バカヤロウ」は無いよなと思う半面、もしかしたら、政治家・二階氏から最後に罵倒された記者になったなら、それはそれで、とも感じている。二階氏が明確に述べた「年齢が理由ではない。」この質問は必要であったと思っている。

 

 ただ残念だったのは、本質的な疑問点が解消されぬまま、記者会見が終わってしまったことだ。「このタイミングで自ら勇退する決断に至った二階氏の政治的な狙い」は何だったのか…記者として力不足だったという他ない。政治取材は、政治家の懐に入り、どう本音を引き出すかとが難しく、距離感とタイミングをはかり質問を繰り出すのが一つの醍醐味なんだろうと思う。ほかの取材と少し異なる独特の世界でもある。

 

 東京へ異動して、国会取材などを始めて8か月、まだまだ勉強不足である。記者会見は、瞬間鋭く切り込み、真剣勝負をすべき場であり、それが記者を通して外から見つめる人々の関心に応えることにつながる。権力者や政治家から誉めそやされるよりは、怒られるほうがマシだ。そうしなければ、視聴者や読者から「バカヤロウ」と言われてしまうから。

 

(大八木友之 MBS東京報道部 記者兼解説委員)

 権利変換計画が認可を受ける 【沼朝令和6年3月31日(日)号】

 


 権利変換計画が認可を受ける

 アーケード名店街の再開発に向け、第一種市街地再開発事業による商店街の再生計画を進める町方町・通横町第一地区市街地再開発組合(水口隆太理事長)は、昨年3月に県の審査を受けて事業計画の認可を取得。同名店街南西一画の約3000平方㍍の街区で再開発事業が本格的に始動したが、今月27日には同事業における権利変換計画が県知事の認可を受けたため、市役所で交付式が開かれ、頼重秀一市長が水口理事長に認可証を渡した。



 今夏から建物の解体へ

 2028年度中の完成目指す

 第一種市街地再開発事業は、都市再開発法に基づき、地方公共団体のほか、地元地権者らが設立する再開発組合等により実施され、事前の調査設計費や建築物の共用部分の整備費の一部等に対する補助や税制優遇等の支援制度を活用できる。

 この制度は、老朽化した建築物が密集し都市機能が低下した市街地の宅地を統合して土地の高度利用を図り、安全で快適な都市環境の創造を目指すもので、「町方町・通横町第一地区市街地再開発事業」は、1984(昭和59)年度から96(平成8)年度にかけて実施された「上土町・通横町地区第一種市街地再開発事業」、89(平成元)年度から20007(平成19)年度にかけて実施された「大手町地区第一種市街地再開発事業」に続いて、市内3例日。

 アーケード名店街は、戦災復興が進められる中、日本初の防火建築帯の共同建築様式で、有階アーケードのポルティコ(公共用歩廊)空間が連続する商店街として1953(昭和28)年に美観地区(2004年から景観地区)に指定され、54年に完成。通りの長さは約250㍍で、電話線の地中化や横連窓を意識したファサード(建物を正面から見た時の外観)、建築物角部の曲線化などのデザインが統一され、日本建築学会賞(行政部門)を受賞し、全国的に注目を集めた。

 それから50年が経過して建物は老朽化。雨漏りもあって大規模な修繕も必要となり、2006(平成18)に錐権者による民間主導のまちづくりとして災害対策や耐震建築等の検討を行い、10(22)年にLSC沼津みなみ地区市街地再開発準備組合を設立。

 市の都市計画部と協議を重ねて14(26)年、地域における安全、安心、暮らしに必要な機能を集積した「ライフスタイルセンター」をコンセプトに掲げた基本計画案を策定し、法定再開発に基づく都市計画決定に向けた事務手続きについて要望書を市に提出。翌15年に商店街の5街区、18000平方㍍都市計画決定されて本組合が設立された。

 その後、地権者の合意形成に時間を要するとの判断から、組合の再編や施行範囲の変更などを経て22(令和4)年に1街区、施行地区面積約3000平方㍍の再開発に切り替え、事業の実施設計、建築工事、保留床の業務を一括で受託する特定業務代行者を公募してタカラレーベン・フジタ共同企業体に決定した。

 昨年3月、事業計画が認可され、地権者29人、借家人数19人が関わる再開発組合に再偏された。

 計画によると、総事業費は約79億円。このうち補助金が国から約22億円、県から約7億円、市から16億円の合わせて約45億円。建物概要は鉄筋コンクリー卜造り地下2階、地上10階建てで、地下12階が駐車場、-階が店舗3区画、2-10階が住宅105戸を予定している。

 権利変換計画でば地権者29人、借家人19人全員が426日までに退去して建物を組合に明け渡し、権利を変更する登記申請により一筆にまとめ(夏頃から約1年間の解体工事の後、建設工事に入り『28(令和10)年度中の完成を目指している。

 完成後に再入居を予定する地権者は8人で、地権者21人と借家人全員が転出する。店舗は1階部分を3区画の区分所有建物とし、店舗12を権利床、店舗3を施行者が保留床として取得する。住宅は2110階部分を105戸の区分所有建物とし、権利床7区画、98区画は参加組合員のタカラレーベンが各区画区分所有とする。

 27日に市役所で開かれた認可証の交付式には水口理事長(水口園代表取締役)と、いずれも副理事長の中川繁晴・電気堂代表取締役、海野伸男・だいこくや取締役が訪れ、再開発施設の模型や最新のイメージパースを持参し、これまでの経過を話した。

 頼重市長は「大学時代に美観地区に指足されたアーケード名店街について学び、建築学的に素晴らしい建物として沼津の誇りに感じていた。市議時代から、この事業を見て来て市長として立ち会えたことを心の底からうれしく思う。夏には解体に向かい、再開発が目に見える形となり、市民の期待もますます高まる」と話し、認可証を手渡した。

 水口理事長は「ようやく、ここまでたどり着いたと実感している。権利者の意向を踏まえた権利変換計画の内容は大変複雑で難題もあったが、関係権利者の理解と協力、プランに関わった建設・住宅会社、市長はじめ市の支援のおかげ」だと感謝。

 さらに「専門家の意見を取り入れ、建設当時の70年前の既存建物のデザインやアイデア、歴史的建造物としての価値を次世代に踏襲することがテーマの一つだった。私達のまちづくりが、この街区だけで終わらず、次の街区に引き継がれ、町方町全体を造り変えることがゴール」だと力を込めた。



 海野副理事長は「高齢者と若者で中心市街地に対するイメージが異なる。ギャップを埋めて、中心市街地にたくさんの人を集めるためにも先鞭をつけた。ソフト面でまちを、いかに活性化するかも考えていきたい」とし、中川副理事長は「70年前に長屋になり、互いに助け合って生きてこられたのは歴史的つながりが根底にあったからこそ。事業を完成させて次の街区ヘバトンを継承したい」と話した。

 

 景観法に基づき認定

 町方町・通横町街区の再開発

 町方町・通横町第一地区市街地再開発組合は、「景観地区内における建築物の計画の認定申請書」を昨年12月、市に提出。頼重秀一市長が市景観審議会(伊藤光造会長〉に計画の認定について諮問したのに対して今年1月、伊藤会長が「景観法に基づき認定することが適当」との答申書を市長に渡した。


 


 答申書には、次のような付帯意見が付いた。まず、建築物の形態意匠について、公共用歩廊の空間、横連窓を意識したファサード、建築物角部の曲線化など、歴史ある従来の建築物の形態意匠を踏襲し、これまでの景観審議会で助言した建築物細部の意匠についても、取り入れるよう努めること。

 次に、今後に建築が予定される街区の建築物については、今回計画されている街区の建築物の形態意匠と調和を図り、公共用歩廊についても同等の空間を確保した建築物とするよう努めること。

 また、「町方町.通横町地区第一種市街地再開発事業」「町方町・大門町通横町地区計画」「沼津市アーケード街美観地区」について、壁面の位置の制限等の変更を含め、今回実現する公共用歩廊と同等の空間を確保する勉めの方策を講じること。

 さらに、良好な景観が保たれるよう、ヒューマンスケール(人の尺度を基準として、安心して、快適に感じられる適切な空間規模や、ものの大きさを示すもの)による公共用歩廊の維持管理、活用について適切なルールを定めるなど、市民活動の活性化につながるよう検討すること。

 市長は「建築学的にも重要なエリアでアーケード名店街のまちの更新が、いよいよスタートできる。市民だけでなく幅広く関心が高まっており、景観地区における、まちの更新に当たっては、答申を留意し、基本としたい」と話し、伊藤会長と共に再開発ビルの模型を見ながら意見交換した。

【沼朝令和6331日(日)号】


240331雑古庵ヘボ狂歌「上本通り商店街振興組合最後の日」令和6年3月31日as

原えつお四文字ひめくりカレンダー令和6年「令和6年3月31日(日)大安 復活祭」「軽佻浮薄」旧歴2月2月22日

 



沼津上本通り商店街振興組合 臨時解散総会。長い商店街活動に幕を閉じる。

昭和41年以来58年の長きに活動していた、沼津上本通り商店街振興組合、令和6年3月31日(日)をもって歴史を閉じる。遠藤忠男理事長。ラピタービル3F。

2024年3月30日土曜日

現論 イスラエルの蛮行 遠藤乾  ガザの未来をも摘み取る 【静新令和6年3月30日朝刊】

 

現論 イスラエルの蛮行 遠藤乾

 ガザの未来をも摘み取る




 国際政治はつくづく残酷だと思う。

 ロシァのウクライナ侵攻の中で、首都キーウ郊外ブチャで市民が何百人も殺され、ウクライナ全体で2万人の子どもが連れ去られた。その時、多くの人が怒りを覚えた。

 他方、ガザに降り注ぐ爆弾により、その多くがイスラム組織ハマスのテロと無関係であろうに、13千人もの子どもを含む3万人超が殺りくされた。その際、われわれは何を叫んだか。

 日本のテレビ関係者から伝え聞くところでは、ニュースでウクライナからガザの話に移ると途端に視聴者が減るという。国境で隔てられ、地域が縁遠くなるに従い、関心は薄れ、人ごととなる。

 しかし、同じ人間の話だ。いま一度考えたい。

 イスラエルからすると、1200人が突然殺され、200人以上が拉致されれば、それは衝撃以外何ものでもなかろう。テロを実行したハマスの戦闘員は司法の手にかけ、人質は返されるべきである。

 だが、1世紀に及ぷ一方的な入植、迫害、殺りくの歴史を脇に置いて、自衛と称して30倍返しの報復をするのは不正だ。理由をどう言い募ろうと、無防備な人々を傷つけるのを承知で、病院を廃虚にするのは完全に間違っている。集団を罰し、飢餓に追いやるのは人の道に反する。

 民族の抹殺

 これらの蛮行は、パレスチナ人の「現在」を脅かすだけではない。イスラェルのやつていることは、彼らの「未来」をも摘み取っている。

 ほぼ100%の識字率を誇るガザの人々にとって、教育は「天井のない監獄」から抜け出す唯一の道だった。英紙フィナンシャル・タイムズによると、ガザでは813校が授業をできなくなり、76%の校舎が損傷した。この5カ月の攻撃で、学者も95人が亡くなった。多くの若者が学ぶ機会を奪われてしまった。

 さらに状況を悪くしているのは、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の機能停止である。この機関を敵視するイスラエル政府の情報提供により、ハマスのテロに同機関職員12人が関与した疑いがあるとし、米欧諸国をはじめ日本もまた、資金拠出を中断した。同機関はガザの隅々に根を張り、逃げ惑う人々に食料や水を提供してきた。のみならず、30万人の通う183の学校を運営してきた。

 UNRWAの代わりはない。機能停止は、一民族を餓死に追い込み、その将来を含めて抹殺することを意味する。

 国連によると、すでにガザ人口の半分、110万もの人が「壊滅的な飢え」を経験している。グテレス事務総長によれば、客観的な「総合的食料安全保障レベル分類」の記録史上最悪の数字だ。

 一刻を争う事態

 UNRWAへの資金拠出停止のプロセスには疑わしさが残る。通常の司法手続きでは「疑わしきは罰せず」のはずだ。イスラエル政府は決定的な証拠を出していない。

 仮に13千人のスタッフのうち12人が関与していたとしても、機関全体、ひいては住民全体を罰するのはおかしい。機関の中立性を第三者が評価するプロセスが進んでいることも考慮すべきだ。

 かつて冷戦終結後の事態対処を誤ったがために、多くの後悔が残った。1994年にはルワンダで80万もの人が民族紛争で殺害されるのを国際社会は傍観した。ユーゴスラビア紛争中の翌年にも、国連がスレブレニツァに設けた安全地帯で大虐殺が起きた。

 日本は今年1月にUNRWAへの資金拠出を停止した。そのままだと日本は「民族集団の扶殺に手を貸すことになる。それだけはしてはならない。末代まで悔いが残る。

 スペインやノルウェーは資金拠出を停止せず、スウェーデンや欧州連合(EU)が拠出再開を表明する中、幸い上川陽子外相は、拠出再開をスピード感を増して検討すると述べ、28日にUNRWA事務局長と会談、再開に向け調整が進むようだ。

 今後、5月までに飢えは深刻化する。人々が死んでからでは意味がない。拠出再開を現地での救命に確実につなげねばならない。事態は一刻を争う。

 拠出が再開されても課題は残る。希望が根こそぎ刈り取られてしまつたのだ。さらなるガザ侵攻はもってのほかだ。パレスチナに「未来」が戻るよう、力を合わせねばならない。

 (東京大教授)

【静新令和6年3月30日朝刊】

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原えつお四文字ひめくりカレンダー令和6年「令和6年3月30日(土)仏滅 二十八宿:柳」「文武両道」旧歴2月21日

 



2024年3月29日金曜日

240329雑古庵ヘボ狂歌「自動ドア」as

240329沼津アーケード名店街 再開発の権利変換認可as

沼津アーケード名店街  再開発の権利変換認可  【静新令和6年3月29日(金)朝刊】

 


沼津アーケード名店街

 再開発の権利変換認可



 沼津市中心部のアーケード名店街の再開発に関して、県は27日、既存と新規の建物の権利変換計画を認可した。今夏から建物の解体が始まり、2028年度には現在の建物の意匠を感じさせる地上10階建ての建物が完成する。

 新たな建物は1階が店舗隅2階以上が105戸の住居。当初案から、現在の建物と一体化した公共回廊や、カーブした建物の端、連なる窓を引き継ぐデザインに変更された。

 町万町・通横町第一地区市街地再開発組合の水口隆太理事長らが市役所を訪れ、認可書を受け取った。水口理事長は「ようやくここまでたどり着いた。次のブロックに引き継ぎ、まち全体をつくり替えることがゴール」と強調した。

【静新令和6年3月29日(金)朝刊】

原えつお四文字ひめくりカレンダー令和6年「令和6年3月29日(金)先負 二十八宿:鬼」「喜怒哀楽」旧歴2月20日