2010年2月10日水曜日

鉄道高架事業は、これからどうなるのか長谷川徳之輔

 沼津駅周辺総合整備事業、鉄道高架事業は、これからどうなるのか(上)
 長谷川徳之輔

 川勝知事の発言
 川勝平太静岡県知事が、長年の問題となっている沼津駅周辺総合整備事業、その中で土地収用をめぐって紛糾してきた原地区への貨物駅移転について、施行主体としての静岡県の立場から、貨物駅の移転、増設の必要性を否定する発言を繰り返している。
 推進を目指す栗原裕康沼津市長とも話し合ったが、貨物駅移転不要の知事の鉄道高架化事業への見解は、新たな問題を生んでいるようだ。
 では、どんな問題が起こるのか。先行きどうなるのか。いったん決めた公共事業をストップすることなど経験のなかったことであり、どう事態が進むのか、当事者にも、市民にも、戸惑いと混乱が起きている。
 究極は沼津市民の判断
 川勝知事の見解は、JR貨物の輸送量の全貨物輸送量の中で占めるウエートは極めて低く、さらに沼津駅での貨物取扱量も微々たるもので、今後も増加することはありえず、そもそも貨物駅の移転は無意味であり、現在の貨物駅の存在意義さえ問われるという見方である。学者らしく数字を挙げて説明しており、常識的には誰もが理解できる話である。
 知事は静岡県が施行主体で責任があるが、最終的には、事業を進めるかどうかを決めるのは沼津市民だと沼津市民に下駄を預けている。知事にして他人事としか見ていないようである。
 この知事の発言について、長い間、鉄道高架事業の反対運動を続けてきた市民にとっては当然であり、鉄道高架化事業は中止されるものと評価しており、推進派は落胆しながらも、鉄道高架事業自体が否定されたわけではなく、事業は進められると受け取っている。果たしてどうなるのか、不透明であり、そのために市民に戸惑いが広がっている。
 複雑な沼津駅周辺総合整備事業
 もう一度、この事業の仕組みをおさらいしてみよう。
 沼津駅周辺総合整備事業は六つの事業が一体となって機能するものであり、貨物駅の移転がなければ、そもそも鉄道高架事業は成立しないはずである。
 沼津市の旧市街地の衰退は市街地が東海道線と御殿場線で分断されているからであり沼津駅周辺の二つの鉄道線路を高架化して南北の交通を円滑化させれば南北問題は解決する、という考えから計画がスタートしている。
 鉄道の分断が沼津市の衰退の原因なのか疑問はあるが、事業は、まず、鉄道線路の高架化のために、現在の平面の沼津駅の西側にある貨物駅と東側にある車両基地を高架化線路の外に移転させる。
 その上で、跡地の車両基地用地と貨物駅用地その周辺を区画整理して鉄道高架事業の線路用地を生み出すとともに、市街地を整備し、高架下の土地の有効利用を進める。
 これに関連する、いくつかの道路整備などが加わる。さらに駅南の土地の有効利用のために駅南の再開発事業を行う。話題のイーラdeはその一環である。
 割の合わない沼津市、隠れたJR貨物
 六つの事業の事業システムは、別々の都市計画事業であり、施行主体も費用負担も異なる。鉄道高架事業と貨物駅移転事業は、静岡県が施行主体、現貨物駅の土地区画整理は沼津市が施行主体、駅北と車両基地の土地区画整理は民間都市開発推進機構が施行主体、駅南の都市再開発事業は沼津市が施行主体となっている。
 都市計画も制度的にはそれぞれ個別に決められており、沼津駅周辺総合整備事業は、これらを一体としての名称であり、鉄道高架事業がその中心に位置付けられている。鉄道高架事業がなければ、残りの五つの事業は形式的には別事業でも、実質的には存在しない事業なのだ。不思議なことに肝心のJR貨物は事業主体としての姿を現さない。
 貨物駅中止は全体の中止
 確かに貨物駅移転をやめても、都市計画としての鉄道高架事業は形式的には存続し得る。しかし、それには現在の貨物駅と車両基地の機能を維持するために、平面の線路をそのまま、存続しなければならないし、それでは鉄道を高架化しても意味のないことになってしまう。
 貨物駅を移転しないで現在の貨物駅を撤去する選択もあり得るが、JR貨物が受け入れないであろう。
 鉄道高架事業が消えれば、御殿場線の高架事業の用地を生み出すために行われる車両基地用地、富士見町地区の区画整理は必要なくなってしまう。もちろん、鉄道高架事業に関連する道路整備事業も意味がなくなる。現在三つ目ガードの北側で行われている道路拡幅、かさ上げの工事は全く役に立たない事業になってしまう。
 JR救済の国策事業
 そもそも、沼津駅周辺総合整備事業は旧国鉄、JRの救済なくしてはありえなかった事業である。
 当時、旧国鉄は巨額の債務超過、経営不振が極まり、国を挙げての救済を迫られていた。旧国鉄の三十七兆円に上る膨大な債務を棚上げして、その債務を処理する国鉄清算事業団を作り、二十五・五兆円の債務を承継させた。
 本体は、JR東海など六つの株式会社に分割して新生のJR株式会社にして再出発させた。JR貨物もその一環である。
 国鉄清算事業団は旧国鉄の資産を売却して債務に充て、不足する分を国が税金で面倒をみることになり、全国各地で旧国鉄の資産、土地が売却された。新橋、汐留駅貨物用地はその目玉だったが、虎の子の用地の処分も大した収入にはならず、債務は国の一般会計に引き継がれて大量の税金が投入されることになり、今でも年間一兆円近い税金が投入されている。
 JRの利益優先の事業、負担するだけの沼津市民
 鉄道高架事業は、もちろん鉄道と道路の平面交差が自動車交通の円滑な機能を阻害しており、とりわけ大都市においては都市計画の視点からも必要性は高かったが、その底流には当時の旧国鉄救済の要請から、鉄道高架事業の資金については極力、道路側、自治体が持つことが求められていた。
 運輸省と建設省の協定は、それを具体化したものであり、旧国鉄救済が重要な国策であったのである。
 高架化しても線路の利用効率が上がるわけでもなく、鉄道高架事業にJR側のメリットが少ない"地方都市では、その費用の九五%を、自治体、道路側が持つことで事業が進められてきた。
 沼津駅鉄道高架事業もその通りで、JRとしても当時、新規の投資先がなくなり、有能な技術者、土木建築の専門家が働く場所をなくしていた。彼らに働き場所を用意することもJR当局の経営上必要であったのであろう。鉄道高架事業は絶好の働き場所になる。
 その費用の大部分を道路、自治体が負担するのであり、JRは自らの負担なしで職員の雇用を続けることができる。さらに、貨物駅や車両基地のような資産の有効活用が自治体の負担で進められる。原地区の貨物駅が貨物取扱量を現状の一四万㌧から四〇万㌧へ拡大して資産の効率化が自治体の負担で進むなど経営上は絶好のチャンスだったと言わざるをえない。
 このような流れにある鉄道高架事業について、その費用は道路、自治体が負担する計画が、極力JRのメリットを拡大する方向で進められてきた。今になっては計画に乗ったことに内心忸怩(じくじ)たるものがあるJR当局は前面に出て、その必要性を説明したがらない。
 JRは、一私企業としての損得しか考えていないと言わざるを得ない。都市計画を決定し、運用方法を定めた国土交通省(旧建設省)、静岡県当局も明確な説明を避けざるを得ない。(元大学教授、東京都)
(沼朝平成22年2月10日(水)号)

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